どうにもこうにもワシントン

第5話 神の御加護

今では、『Fast-Driver』の異名をとる僕も、車を買った当初は、車線変更さえもおどおどして満足に出来ない程だった。『それで良く免許が取れたな』とお思いかも知れないが、DCでは、国際免許さえ持っていれば、サルでも免許をとることができる。実際、正午から勉強し、2時に試験場に入場、3時には運転免許証を手にしていた 1 

12月5日(日)、パソコンのサウンドボードを買いに郊外のパソコンショップに行った帰り道、誤って、乗るつもりの無いハイウェイの進入車線に入り込んでしまった。そこから抜けるには車線を一つ左に変更すればよいのだが、あまりにも多い車の量とそのスピードに、当時まだヒヨッコドライバーだった僕はたじろいでしまった。そこで、取り敢えずそのハイウェイに乗って、最初の出口で出ることにした。しかし、無事、その出口から出られたものの、今度はいきなり大渋滞である。
「事故か。ついてねえな。」
抜け道も無さそうなので、仕方なくついて行くと、事故ではない。皆、『Wolf Trap Park』なる所に入っていくではないか。
「こりゃ、何か有るな。」
夜に友達と会う約束はあるが、時間は充分にある。ついて行くに如くは無い。Admissionが必要だったり、面白くなかったりしたら、引き返してくればいいだけのことだ。牧草地のような草地の斜面に駐車して、子供連れの家族や恋人達の後をついて行く。そのうち、皆、缶詰を持っていることに気が付いた。どうやらこれが入場料の代わりらしい。案の定、皆、入り口ゲートの前の机の上にその缶詰を置いてから、ゲートをくぐっている。僕は、とっさに、机の端に置いてあった缶詰を一つ拾い上げ、それを机のもう片方の端まで持って行って置き、ゲートをくぐった。
「Thank you.」
「No problem.」
そう言って、もらったパンフレットによれば、毎年恒例の『Christmas Carols at Wolf Park』なるものが開かれるらしい。無料で開催する代わりに缶詰を寄付するのが習わしなのだそうだ。こんなことに偶然行き着くなんて俺はなんて運が良いんだ。

少し進むと、いきなり眼前に巨大な半野外のコンサート会場が現れた。まだ、開演1時間前だというのにかなりの人手で、既にほとんどの席が埋まっている。席と言っても、そのほとんどが芝生で、めいめい、好きな所にビニールシートを敷いて、ごろごろしたり、ドーナッツを食べたりしていて、まるでピクニック会場のようだ。
皆、サンタクロースやクリスマスツリー等のクリスマスらしいプリントの入った華やかな服でおしゃれをしている。この時期になるとデパートのウィンドウを盛んに賑わす例の服である。デパートで見る度に、『誰があんな派手な服を着るんだろう』と思っていたが、こう皆に着られると、着ていない僕の方が浮いてきてしまう。頭にトナカイの角を付けている人までいる。子供は首からベル(鈴)をぶら下げていて、走り回るたびにチリンチリンと音を立てる。

4時丁度に演奏が始まり、続いていろいろなcarolが合唱される。パンフレットには歌詞カードが添付されていて、観客もほとんどいっしょに合唱する。そして、ジングルベルでは持参のベルを鳴らし、暗くなったらこれも持参のロウソクを灯す。これらも恒例になっているようだ。何も知らない僕は両方とも持ち合わせていなかったが 2 、真っ暗な中に、たくさんの口ウソクの灯がゆれ、ベルの音や歌声が響き渡るのは、見ているだけでも荘厳でかつ楽しいものだ。あいにく途中で、雨が降ってきてしまったが、誰も帰ろうとはしない。途中でお祈りをした牧師さんによれば、この雨も『神の御加護』らしいが、皆、最後のWhite ChristmasとSilent Nightを待っているのである。

『この分だと帰りはかなり混雑するな。』そう思った僕は、一足先に会場を後にすることにした。ところが、である。止めてあったはずの所に僕の車が無い! 何と、雨のせいか、草の斜面を滑り落ちて、下の車にくっつくように止まっているではないか。辺りを見回す。幸い、誰もいない。始まりといい、終わりといい、俺はなんて運が良いんだ。『神の御加護』に感謝して、足早に立ち去った 3 


  1. この簡単さゆえ、DC在住者の自動車保険料は他州の倍である。カリフォルニア州等では、国際運転免許を持っていても、難しい実地試験にパスしなければならない。
  2. 実は、両方共、会場で購入できる。
  3. 一応自己弁護をすると、日本ではバンパーの傷も車体の傷と同様に気にするが、アメリカではバンパーは「ぶつけるもの」で、傷がついても気にしない。縦列駐車の出入りでは、バンパーを使って前後の車を押して自分のスペースを作っている光景をよく目にする。