今年1年の反省と感謝
2年半前友人との冗談話から始まったランニング
(還暦までにフルマラソン完走)
たまたま地元いわきでフルマラソンが開催されることになり、二人で走った。
練習を殆どせずそれでも二人とも(10K以上二人とも歩いたが)6時間内に完走できた。
ゴール後のなんとも言えない満足感に、来年は歩かないで完走したいと臨んだ今年のいわきサンシャイン二人とも前回より1時間近くタイムを縮めた。
友人も僕もまた来年に向けて目標ができた。
そんな時彼にもっと嬉しい出会いがあった。
彼の娘さんとの15年ぶりの再会だ。
「今日は娘が来るからジムは休むぞ」
「今日は娘が夕飯を作って待ってるから早く帰るぞ」
「明日の朝は、仕事で早く出かけなければならないから、コーヒーは用意しなくていいからな、明後日は娘と軽井沢に行って来るから・・・」と別れた夜。それが彼と交わした最後の言葉。
翌日3月11日の地震、津波、電話が繋がらなくて彼の死を知ったのはそれから四日目。
3月20日に「地震、つなみ、原発」と避難先の義兄のところからブログに書き込みしたら、皆さんからの暖かい励ましのコメントを頂いてとても嬉しかった。でも正直走る気持ちにはなれなかった。
震災後87歳の母は認知が進み、妻の更年期は症状が悪化して・・・僕自身精神的に不安定で、
3月、4月、5月中旬までは、笑顔が我が家庭になかった。
友人と申し込んでいた、日立さくらロード、郡山シティ、広野みかんロード殆どの大会が中止になった中、ひがしねさくらんぼだけが開催されることになり、友人の供養を兼ねて参加しようとまた走り始めたら、また皆さんから励ましのコメントをいただき、少しづつ元気になっていくことができた。
走る僕の姿を見ることで母も妻も少しづつ症状が良くなってきたような気がする。
それでも時々落ち込むとランネットから近くの大会に参加申し込みした。
震災で悲しく苦しい経験もしたが、それ以上に人の優しさを感じた1年でもあった。
ここの仲間と走れた国立競技場の駅伝は、走る喜び、生きる喜びを体全身で感じることができた。
望年会では、震災当時のことを想い出し取り乱してしまい皆さんに感謝の気持ちも伝えられなかったけど、今年を乗り越えられたのは、皆さんという素敵な仲間がいたからです。
本当に感謝しています。
来年は、もっともっと元気な自分になれるよう、走れることに感謝しながら生きて行きたいと思ってます。
本当に今年1年ありがとうございました。
皆さんにも来年は良い年でありますように。